Page-5 (1998-Vol.1)
AH-1Sの飛行を見るには東富士演習場で行われる富士総合火力演習が絶好の場所である。私は、1998年と1999年に偶々当時の仕事の関係もあり、陸自に協力している地元のビデオ制作会社の方の手伝いで、夜間演習を含め3日間ほど演習を見学する事ができた。当時はフィルムカメラ時代であり、コダックのKR-64(36枚)とレンズは300㎜2.8 1本で臨んだが、当時新鋭の90式戦車や89式戦闘装甲車など初めて自分の目で見る兵器、そしてAH-1S等ヘリの飛行に感激した。(2025年9月 記)
↑ AH-1Sから発射されたTOWミサイル。2発が飛んでいるが、写真には写っていない僚機から撃たれたものである。演習に使うTOWミサイルには炸薬が入っていないようで、見事に命中しても目標は穴が開くだけである。ほぼ100発100中の腕前を連日見せられた。
↑ 機関砲掃射の目標には、恐らくガソリンに入ったポリ缶が仕込まれており、曳光弾の着弾で火が付くよう演出されている。真後ろから見たAH-1Sは、機関砲の発射煙がローターの回転で下方に流されているのが判る。
↑ 会場右手奥に進入したAH-1Sからは、TOW有線誘導対戦車ミサイルが放たれた。バシュ!という大きな音が聞こえる。
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↑ 射撃を終えて回頭して帰投するAH-1S。尾翼に赤いマークが無いので、他の部隊から来た機体かもしれないが、本演習では少なくとも7機が飛来していた。3日間ほど演習を見たが、このように天気がどん曇りであると、曳光弾が良く見える反面、当時にスライドフィルムコダックKR-64では露出が確保できず、1/60~1/125秒のシャッタースピードで撮影となる。私の腕も悪いのでもあるが、ブレ写真が多数出る。トホホ
↑ 1998年(平成10年)の東富士演習場で行われた平成10年富士総合火力演習で、攻撃ヘリ部隊として参加した木更津駐屯地の第4対戦車ヘリコプター隊所属のAH-1S/73479 79号機である。尾翼に赤く”死騎士”の文字と鎌が書かれている。また 富士総火演に参加するAH-1Sは、20㎜機関砲の薬莢を回収する手間を省くためか、ターレットの下に薬莢受けが付けられるようになった。この薬莢受けは後にAH-64Dが出現すると、AH-64には付けられない為か、AH-1Sも撤去され使われなくなった。)
↑ 東富士は特に朝方に霧が出やすい。湿気の多い中で飛行するヘリのローターからはベーパーが発生する。Ⅱの台手前に設けられた攻撃ヘリ用の目標位置は毎年ほぼ同じようだが、この時はヘリからの機関砲掃射は10秒程度と比較的長く連続射撃していた。
↑ 3日間見ると、AH-1Sの射撃位置も毎回変わっているようであった。この演習は運用者側の訓練と隊員への教育が主たる目的である為、射撃位置も変化を付けているようである。曳光弾の光の筋が見えるが、撮影時のシャッタースピード1/125秒から、0.008秒で10mぐらい移動しているように見える。
↑東富士演習場は地形が起伏にとんだ場所であり、低空進入するヘリを見下ろすような角度で撮れる場合もある。AH-1Sは、敵側の対空兵器を避ける為、地形に応じた匍匐飛行をする。
↑ 目標に対し20㎜機関砲を放つ2機のAH-1S。会場左手から低空で進入して、ホバリングしながら目標が炎上するまで、曳光弾を含んだ機銃掃射を行う。
↑ 東富士の総合火力演習では、参加部隊と演習を観閲する隊員または一般参加者に対し、目標が判り易くするために、Ⅰの台/Ⅱの台/Ⅲの台/Ⅳの台とローマ数字で目標付近の大地に白い印がつけられる(後にアラビヤ文字 1/2/3/4に変わっている)。AH-1Sも珠の行方がはっきり判るように、恐らくであるが普段より多めの曳光弾を加えているはずである。